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私は、両親と兄と弟の5人家族で、幼少期は大阪に住んでいました。
小学校低学年の時に、二度転校を経験し、そこから愛知県での生活が始まりました。
新しい学校で、頑張って友達を作ろう!と思い、元気いっぱいに話しかけ、楽しい学
校生活を過ごしていました。

お友達の中でも、特に気の合う親友ができました。

学校ではずっと一緒に行動し、放課後には公園やお友達の家で毎日遊んでいました。
ところが、親友から突然

「舞花ちゃんの言葉ってきついんだよね。今まで嫌だった。」と言われてしまいました。

“どこが?なんで?どうして?”

頭が真っ白になってしまい、すぐには理解することが出来ず、誰にも相談できないまま卒業式を迎えました。

その頃の私はストレスで顔だけが丸々としてしまい、顔面コンプレックスとなり、その醜い姿が写った卒業式の写真はすべて処分しました。

中学ではバスケ部に入部し、気持ち新たに頑張ろうとしたけれど、そこで集団でのいじめが始まりました。

学校からの帰り道は足取り重く、徒歩10分の距離を、30分かけて帰る毎日です。
でも玄関扉の前…ここで一度立ち止まるんです。そして、深呼吸して、家に入ります。

なぜなら、家でご飯を作って待ってる母に、笑顔を見せたかったから。なんですね。

両親は自営業で夜のお仕事をしていました。
朝は仕入れの買い物、午後は準備、夕方私たちが帰ったことを確認してから、お店に向かいます。
帰宅は夜中3時。それでも毎朝お弁当は作ってくれて、寝坊も一度もしたことがありません。

休日の部活動の試合には必ず応援に来てくれました。
そんな母に、「私いじめられてる」なんて言えない。
母を悲しませたくなかった。
何度も引っ越しを繰り返し、その度に家族5人で支え合い、結束力が強かったんです。

それだけに、両親に現実を打ち明けてしまったら、学校でもひとり、家でもひとり…
となり、私の居場所が無くなりそうで、怖かった。
母も、子ども三人抱えて誰にも頼ることが出来なくてしんどかったと思います。

そんな母が、
「女は愛嬌。笑っていれば、誰かが手を差し伸べてくれる。人脈は宝だよ」
と常に言っていました。

その言葉が子どもながらに胸に刺さり、どんなにいじめられても、どんなに悲しくても、どんなにつらくても、母の泣き顔を見る方がよっぽど辛いと思った私は、笑顔の娘を貫こうとしたのです。

高校、短大と進み、地元の銀行に就職しました。
でも正直、銀行員になりたいと思っていませんでした。
もともと勉強嫌い、幼少期のいじめで人が怖い、そんな私に窓口業務など務まるはずがない・・・。

母は、安定した職に就いたことですごく褒めてくれました。
それがただただ嬉しかった。

だけど、毎日の仕事と、毎月押し寄せる試験とのプレッシャーで眠れない日々が続いていたころ、上司が「明日も頑張ろうな!」と帰宅時の私に毎日言うんです。
毎日です。

ただこれだけの言葉が、私の心臓を突き刺すような辛い言葉でした。
「こんなに頑張って、頑張って、ずーっと頑張ってるのに…これ以上どうやって頑張ればいいの」と。

頑張ることに疲れた私は、ようやくここで母に相談出来たのです…

「仕事が辛い、辞めたい」と。

反対される覚悟で言ったのですが、母は、「舞が辞めたいなら辞めてもええよ」と。
あっけなくOKを出してくれたのです。

それまでは、日曜日のサザエさんを見るのが嫌で嫌で…寝て起きたらまた仕事が始まる。
「辞めたい、あー辞めたい」そんなことばかり思っていたけれど、「やめてもいい」と言ってもらえてからは、サザエさんも怖くなくなり、「もうちょっと続けてみようかな」と思えるようになりました。

そんな時、公務員の夫に出会うのです。この人と結婚したら、収入は安定。仕事が辞められる(笑)

付き合い始めて1年で入籍し、しんどかった仕事も辞めることができました。

第一子を出産。待ちに待った可愛い我が子との時間。幸せでした。
がしかし、可愛いと思えたのもほんの一瞬。

夜中の授乳で寝不足になり、月に一度は乳腺炎になって高熱が出て、立つのもやっとの状態が半年ほど続きました。
抱っこしていないと泣く娘にイライラし、娘から離れ、一番遠くの部屋で耳を塞いで泣き止むのを待っていた時もありました。

ニュースで赤ちゃんの虐待の報道を見ては我に返り、これはいかんと反省する毎日で、明日は我が身…こればかりが頭をよぎっていました。
母のようにうまくいかない…
子供が可愛いと思えない、、、
辛い。

そんなある日、公園で散歩していると、一人の女性が声をかけてきてくれました。
この女性が、のちに私の人生をガラッと変えてくれた、子育て支援の“まあるいごえん”代表、佐藤まりこさんでした。

私が緊張しているのをわかってか、いっぱい話を聞いてくれて、子育てのことも、まりちゃんの過去のお話も赤裸々に話してくれました。
人嫌いだった私だったけれど、一瞬で虜になってしまいました。

子育てや人間関係に悩んでいた毎日でしたが、まりちゃんと出会ったことで、育児が楽しい、子どもが可愛いと、やっと思えるようになったのです。

その後、次女と長男が生まれ、家族5人となりました。

しかし、夫は仕事を理由に家にいる時間が少なくなっていき、仮面夫婦のような状態が4年ほど続きました。

「もう限界、なんで私ばっかり」

話し合おうよ、と何度声をかけても、“うん。”と言いつつ、仕事から帰ってきたらすぐに寝てしまう夫を見て、何度も約束を破られる、、、
毎回裏切られるような気持ちを味わっていました。
怒りの矛先は子どもたちに向き、子どもが可愛いと思えたことも忘れてしまうほど、私は追い込まれていきました。

イライラが抑えきれず、物に当たってしまったり、意味もなく大声で怒鳴ってしまったりしていました。
そのせいか、長女は私の顔色を伺うようになり、言葉数も減ったように感じました。

そんな状況を知っている母が、

「舞は、よう頑張った。もうええやろ。舞が泣くことがママは一番辛い」と。

心が軽くなると同時に、夫に対しての諦めですね、

「もう頑張らなくていいんだ。父親がいなくても、子どもたちと笑顔で明るい家庭を築くぞ!」

と誓い、離婚を決意しました。

そんな時、内面ホリホリカフェに参加し、LMC協会に出会うのです。

カードセッションによって、

『小さいころから両親に愛され、特に母からの愛で守られてきたからこそ、どんなことにも耐えられ、頑張ってこれたんだ』

と気づけたんです。
私の心の支え、私の居場所、私の唯一安心できる場所。私は両親が大好きです。

離婚したことで気持ちスッキリした私は、内面ホリホリによって両親からの愛に気づき、子どもたちが愛おしくて仕方がないのです。
長女もおしゃべり大好きな子に成長しています。

そして会う人会う人に、「三人も育てて凄いね!今の舞花ちゃん輝いて見えるよ」と言われます。
今までは、そんなことないよ!っと言っていたけれど、三人の子供を育てていることが私の強みだということに気づき、「自分、よく頑張ってる!」と言えるようになりました。

私にとって、子は宝です。母に愛してもらったように、私も子どもにいっぱいの愛を伝えたいです。
そんな大事な大事な子どもを、今の世の中に安心して送り出せるのか…正直怖いです。

まずは安心して学校で学んでほしい。安心して学校に行ってほしい。
その為にも、帰る場所である家庭が、安心安全な場でないと、子どもも安心して学校にいけないんじゃないかなって思います。

大人が愛を持って子どもに接することで、人をいじめることがなくなる。
笑顔でいられる。友達にも優しくできる。
そんな子どもが大人になったときに、またその子どもに愛を伝えることが出来る。
子どもは日本の未来なんです。
未来を支える子どもを、一人でも育ててる親は本当に日本の誇りなんです。
そんなママやパパに自信を持ってもらいたい。

「誰も愛してくれない」と思っている人がいるけれど、その人は「誰のことも愛せない人」なんです。

「子どもを愛せない」と思っている人がいるけれど、その人は「本当は愛したいと思ってる人」なんです。

どんな人も、父と母がいてこの世に生まれてきました。

これだけのことでも、両親から愛をもらって生まれてきているんです。
それを忘れてる、気づいていない、気づかないふりをしている。
一人ぼっちなんだと勘違いしている。
愛があれば、いじめなんてどうってことない。
愛があれば、仕事も頑張れる。
笑顔でいられる。
心が温かくなる。
どんなことも乗り越えられる。

「生まれてきたことが、もう既に、愛されてるってことなんだよ」と。

愛について語ることは恥ずかしいとされる日本だからこそ、私は声を大にして言いたい。

「私が両親からもらったたくさんの愛を、みんなにお裾分けしたい。
そして、皆の家庭が社会が、笑顔や愛で溢れるよう、お手伝いがしたい。」

そんな思いで、現在認定講師として活動させていただいています。

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